天壇は昔、天を祭った場所である。北京にある「壇」建築(日壇、月壇、地壇、社稷壇、先農壇)の中天壇の面積はきわめて広い。総面積はは270万㎡、故宮のそれの4倍を超える。鳥瞰すれば、建物は「回」の字型に配されている。内外の二つの壁が敷地を囲み、外壇(外壁)の長さは6416m、内壇(内壁)の長さは3292m。外壇の門は当初、皇帝が祭天のときに出入りした正門(西門)だけだった。また、内壇にははじめから、東西南北に置かれた四大門の「天門」があった。
天壇の壁は北側が半円形、南側が方形である。古代中国の「天圓地方」(天は丸く、地は四角い)の宇宙観を表したものである。
内壇の内側は、南北二つの部分に分かれる。北部は、紺色の瑠璃瓦に金色の玉をもつ円形の殿堂・祈年殿、それと祈谷壇(祈年壇の土台の部分)を主とする建築群。旧正月に豊穣を祈る祭礼に使われた場所だ。南部は、漢白玉(大理石の一種)で築かれた祭天台・圜丘壇を主とする建築群。夏至には雨を乞い、冬至には天を祭る行事に使われた。
石板を敷いた大道の丹陛橋は、南北を貫いている。南部と北部の建築群を結びつけたものである。天壇の中軸線で、ここに置かれた圜丘壇や皇穹宇、祈年殿などの建築物は、壮観である。
西部には、皇帝が祭天前に斎戒沐浴する寝宮・斎宮がある。東部には、神チュウ (祭祀の道具を納める場所)と宰牲亭(神への供え物である家畜をしめる場所)がある。また、西側の外壇内には神楽署がある。祭祀の楽舞や礼楽を、けいこする場所である。